甘美な報復

エリザベスは平凡な毎日に満足していた。
CIA局員だった当時のスリリングな日々に未練はない。
あのころが刺激に満ちていたのは、ひとえにレイフがいたからだ。
公私にわたるパートナーとして熱く危険な日々をともに駆け抜けたにもかかわらず、六年前、彼は一言もなく姿を消した。
以来、甘い愛撫やささやきを忘れようと何度も試みたのだ。
突如現れたレイフを、彼女は呆然と見つめた。
過去など忘れたかのようにふるまう彼を前にして、エリザベスは誓った――報復という名のゲームを始めることを。
「目覚め(サハール)……」彼女はみずからに与えられた名をつぶやき、そのエキゾチックな響きにうっとりした。
嵐に巻き込まれ、美しい小島に流れ着いた彼女はすべての記憶を失っていた――自分の名前さえも。
救ってくれたのは、島の持ち主シーク・ラシッド。
産油国アザールの首長にして、世界有数の大富豪だという。
彼女はいつしか魅せられていた。
記憶が戻らなくてもいい。
彼のそばにいたい。
でも彼と顔を合わせるたび、頭に不吉なメッセージが浮かぶ。
会計検査係として企業に勤めるイレーヌはオーロラの町で静かな生活を送っている。
幸せな思い出も悲しい記憶も、すべてこの町で味わった。
とりわけ、最愛の男性クレイ・キャバノーとの思い出は……。
至福の日々は、彼の身勝手な決断によって終わりを告げた。
そう、彼はひとりの女性に縛られたくなかったのだ。
ある日イレーヌは偶然上司の不正を知り、告発を決意する。
内部告発者を保護するため、警察から担当者がやってきた。
ドアを開けた瞬間、クレイが苦い表情を浮かべて立っていた。
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